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森川穣「雨の降るを待て」「確かなこと」

日帰りで京都へ。どうしても気になる若い作家さんの個展があって。彼の作品を見るのははじめてだから、保険として行程にいくつか好みの美術館を入れておいたけど、合わないんじゃないかなんて杞憂だった。久しぶりに、作品を通して自分の内面に向き合えるようなアートに出会った。

・「雨の降るを待て」@studio90(2/24マデ)

studio90を訪れるのは2回目。studio90第3回展田中真吾「灯に照らされた闇」の印象は強烈で、同日に見た内海聖史さんの個展「Voyager」 の《吽》よりも記憶に残っているほど。3人の若手アーティスト(全員1983年生まれ〜)が制作と発表の場として、おそらくスポンサーなしに運営するアトリエで、自力で活動を続けて行こうとする彼らの前向きな姿勢がとても好ましい。今回の森川さんの展示はインスタレーション。具体的にはmemeさんの記事に詳しいけど、内包するものがすごく大きい作品。人間の視覚の特性を利用して、鑑賞者の視線を展示物にくぎ付けにする。そして100日という時間(その長さに特に意味はないそうだが)をまるごとそっくり投げ出してみせて、その重みをじわじわとこちらに伝える。しかも幻想的で美しい。私の場合、この100日間、楽しいことがたくさんあったなあとしみじみ幸せを噛みしめるというおめでたい人間なわけだけど、さらに時間があれば自分の内面を深く深く探求し続けることができたのではないかな。ぼーっと眺めているだけで飽きない作品だし、はじめからやり直して見たい、とも思ったし。

アートは人を感動させるもの。優れたアーティストは人間心理に深い洞察力があって、自分の思うように鑑賞者の心を操るのだとどこかで読んで、納得したことがある。森川さんから直接制作の経緯を伺って、彼はとてもクレバーな人で、確信犯なんだなあと思った。

公募京都芸術センター2010「確かなこと」@京都芸術センターギャラリー南
(2/24マデ)
こちらはstudio90開廊記念展 森川穣「彼の地」(未見)からつながる作品。「地霊」という言葉を聞いてゾクゾクした。「雨の降る...」とは対照的に、時間を超越してる感覚。でも、スリットを通して見るという視覚の制限が、やっぱりある。京都芸術センターは、廃校になった小学校の校舎をそのまま利用している。この明倫小学校は明治時代に地域の豊かな住民が出資して造ったという瀟洒でレトロな建築で、建物を眺めるだけで楽しい。森川さんはここの床下に注目して作品の素材を抽出し、当日はさらに床下に響く物音をひろって会場に流していた。サウンド・インスタレーションだ。想像力を広げれば広げるほど還ってくるものが大きい、フレキシブルな作品だなあと思った。

20100221_01京都芸術センター

ランチの写真も撮ったけど、「また」と言われそうなので割愛。

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