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インバル・ピント・カンパニー 『Hydra ヒュドラ』

日曜日にさいたま芸術劇場でインバル・ピント・カンパニー 『Hydra ヒュドラ』を観てきた。なんと世界初演の新作だ。インバル・ピントとアヴァシャルロ・ポラックの舞台はYouTubeにアップされている映像を見たことがあるくらい。宮沢賢治にインスパイアされた作品というところがちょっと引っかかったが(なぜ日本にこだわる)、大変に期待して臨んだ。
1時間の公演は短いようでいてかなり起伏に富んでいた。まず幕明け、うす暗い舞台で割とガタイの良い女性ダンサーがパフォーマンス。胸は厚いけど動きは雄弁だ。彼女を取り囲みひらひらと移動するダンサー達は顔のあたりに蛍のような光源を持っている。目を凝らして見ているうちに電球をくわえているんだなあとわかる。種も仕掛けもない素朴な演出だ。
舞台が明るくなると早速ダンサーを数え出す私。カンパニー所属は8人、あとは森山開次さんと大植真太郎さん(知らない)だ。そうか女性が5名いるから森山さんと大植さんが加わることで女子と男子が同数になるのだなあと勝手に納得。と言ってもひとり年配のおじさんダンサーが旗持ちのような役割を果たすので、微妙なバランス。舞台装置は後方の横に細長い窓とその前のベンチと、右上天井からぶら下がる麻袋だけ。シンプルでいいなあ。
ダンサーたちははじめ群舞と言うかグループ的な動き方をする。森山さんと大植さんは全く違和感なくカンパニーに溶け込んでいて、「いい味」を損なうことがない。と言うか困ったことに気が付いた。自然に森山さんに目が奪われてしまうのだ。みんなと同じように動いていても、森山さんの体だけ音がしない。足音とか着地音とか、猫のように静か、衝撃ほとんどゼロ。透明なビロードをまとっているようだ。他のダンサーに触れる時も寸前で体をセーブして圧力を消している感じ。ヒュドラというテーマに沿った軟体動物のような動きもきちんとキープし続けていて、なんだろうこのしなやかさは、もしかして身体能力がずば抜けている?と森山さんばかり凝視してしまった。人形のような表情も崩れない、お見事。他のダンサーが見えない。見えるけど副次的。
男性ダンサーはみな同じコスチュームだったけど、森山さんはパンツ(スパッツ?)の長さを調節して片足だけふくらはぎをのぞかせていた。王子ホールでジャン=ギアン・ケラスの無伴奏チェロ組曲に乗って踊った時と同じスタイルだ(この時の感想←全然森山さんを誉めていない)。このふくらはぎが妙に艶かしい。「お稚児さん」という時代錯誤な言葉が頭をよぎった。
大植真太郎さんは男性的で端正なダンサーで、カンパニーのスキンヘッドの若いダンサーと張っていた感じ。森山さんとのデュオが秀逸だった。・・ほらここでも森山さんが出てきてしまう。
公演の後半、麻袋から砂がこぼれだすと森山さんの動きはとても静的に、内省的になる。じーっと砂を浴び続けたり這いつくばって砂を集めたり。大植さんもこれにおつきあい。ちょっともどかしかったがこの隙に(?)カンパニーのダンサー達がとても面白い動きを見せてくれて、そうだ私はインバル・ピント・カンパニーを観に来たんだ堪能しなくちゃと、彼らの軽妙洒脱でユーモラスな世界を楽しんだ。ダンサーはみな切れのある良い動きをしていた。
棒を使った高低のあるパフォーマンスや電車ごっこみたいにふたりのダンサーが幕を持って出てくるシーンはシンプルだけど楽しい。ローザスのデッシュを思い出す振り付けもあった、流行なのか。ラストに全員揃ってのダンス、降り注ぐタンポポの綿毛は胸にせまる。暗示的で美しい舞台には大満足だったが、インバル・ピント・カンパニーにふたりの日本人ダンサーは必要だったのかという思いが頭に引っかかってしまって、うーんと唸りながら帰途に着いたのだった。

さいたま芸術劇場の廊下にインバル・ピントのスケッチや舞台の写真が展示されていた。皆さん撮っていらしたので私も。舞台を造れるってすごい。

  

  

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